このたび、もう一期、会長職を務めることになりました。よろしくお願い致します。
4年前、佐藤弘夫前会長が再任の挨拶において、人文科学が隘路にさしかかっていることをご指摘なされました。既存の学問の枠組みのなかで、問題意識の希薄化と研究の個別分散化が進んでいることに強い危機感を示され、「人間とはいったいなにか」という問題を追求する人文科学の原点に立ち返る必要性を説かれました。この4年間、人文科学をめぐる状況は、一層深刻さを増しています。国立大学法人の人文社会科学系・教員養成系学部の規模縮小さえ、あからさまに唱えられ、それに沿った「大学改革」が財政誘導のもとで進行しています。
そのような中、日本思想史学の意義は高まっているともいえます。もともと日本思想史は、既存の学問の枠組みを超えた学際的な学問だからです。私はそれをもっと活かすべき時だと考えています。
2015年度大会では、日本思想史の二つの講座の完結を踏まえた「思想史学の問い方」、また今年度は「思想史のなかの<雑誌>メディア」のシンポジウムが開催されました。前者は方法としての思想史を問い、後者は思想史の方法からメディアを捉えかえそうとする意欲的な企画でした。二つのシンポジウムでは、報告者と大会委員による事前の検討会が開かれ、大会当日には、思想史の方法のもつ可能性を広げることができました。学会誌においても同様に、たとえば研究史の欄では、「国語学史」「植民地研究」といった領域を取りあげられ、思想史の拡大が図られています。さらに、新たに起ち上げられた「思想史の対話」研究会でも、「「国学」研究の現在―学問領域の超え方」という題目で、政治学、文学、日本史の若手研究者による学問領域を超えた相互交流が行われました。
近年、若手研究者はいうまでもなく、異なる分野の研究者の方々の入会が続いています。こうした既存の枠組みを抜け出そうとする志ある方々のご入会は、学会をますます活性化させることになるでしょう。
これから2年間の在任期間中、大きな課題が二つあります。一つは学会創設50周年記念への準備です。本学会は1968年に創設されました。2年後の2018年はちょうど学会創設50周年にあたります。総務委員会、大会委員会と協力しながら、何か企画ができればと考えています。この50周年に関連して、今年度より、懸案だった学会誌のレポジトリ化が開始されます。これまで著作権と費用の問題から、なかなか踏み切れませんでしたが、今年度は予算をつけて、まずは学会に著作権がある号から、レポジトリ化を始める予定です。これまで学会内部に留まっていたために、看過されてきた優れた論文も多々あります。これを機会に、古い論文の再評価が期待できます。また大会総会でご報告したように、『日本思想史事典』刊行の協力を進めて行きたいと考えています。中項目主義の新しい事典で、新たな視角からの日本思想史へ切り込みが期待できます。
これから2年間のもう一つの課題は学会事務局の移転です。この半世紀のなかで、学会組織の運営は、創設当初の親睦会的な性格を脱し、合理化が進められてきました。その一環として、昨年度には事務局費とは別に幹事手当を設けました。まだまだ不十分ですが、より一層の学会事務の合理化を進めて行くなかで、学会事務局の移転を果さねばなりません。
2年前の就任の挨拶のなかで、私の責務は本学会の強みを活かしながら、次の世代につなげる橋渡しの役割を果たすことだと述べました。学会50周年に向けて、ますますその思いを強くしています。会員皆様の一層のご協力をお願い致します。
例年よりやや遅めの開催になる今年度大会は、皆様のお蔭で10月29、30日の両日に175名の参加を得て無事挙行された。会場所在の第一学舎につながる登り坂の両側に、大学創立百年の時に建てられた図書館、大学院のセミナー室が集中する尚文館、および法科大学院やアジア文化研究センターなどが使う以文館など赤レンガのビルがあり、千里山キャンパスの中でも一番綺麗なサイトと言える。そして、秋晴れの好天候にも恵まれ、「天時・地利・人和」の三要素が揃った状況の中での開催となり、本当に幸いなことだったと思う。
また、一部の方々から、実行委員会が用意したお弁当が美味しいし、懇親会でビーフカットステーキまで出してくれたなどというお褒めの言葉を戴いたが、これらはみな井上克人幹事の広い顔と周到な配慮の賜物であった。懇親会でご挨拶した際に、私は井上先生と「二人三脚」で大会の準備にあたったと申したが、確かに、2001年度大会など多くの大会開催経験を有する井上先生と一緒に仕事をすることできたのは、私のラッキーである。そして、関大の事務方および院生の暖かい支援も大会開催の成功に寄与した。
以下、これからの年度大会の円滑な運営に向けて、2、3の提言をしたい。
@シンポジウムの企画をめぐる大会委員会と実行委員会の摺合せが望ましい。
開催校の基本的役割が、舞台の提供(場所の用意や二日目のプログラムの編成と実行)であることは重々承知しているが、一部の開催校、例えば昨年の早稲田と今年の関大などは、シンポジウムの企画について提言したい場合が確かにあった。大学の伝統や研究資源をアピールするために、前者は津田左右吉(没後50年経つ)について、後者は内藤湖南(生誕150周年)について企画をしたい気持ちをもっていた。また逆に言うと、会員の方々の中にも、開催校の伝統や資源をもっと知りたい、それらを現地で体感したい人も少なくないはずである。むろん、このような企画提言は時宜を得ているかどうかに関する最終判断は、大会委員会が権限をもっている。採否はともかく、開催校の企画提言の有無について一度は公式ルートを通じて(大会委員会名義のメールや手紙)打診した方がよい、これで両者間の円満な協働関係を構築できると思う。今年は大会と並行的に、学会が後援に加わった泊園書院シンポジウムもあり、学会と開催校の良いコラボの前例を作った。なお、要旨集の最後に添付した三宅雪嶺・内藤湖南や大阪朝日・毎日新聞社の関連画像によりシンポジウムに対する応援を示すとともに、図書館での泊園・内藤・増田三文庫紹介展示をもって創立130周年の関大の伝統と資源をアピールした。
A大会開催マニュアルの作成が望ましい。
早稲田大との引継で土田健次郎・阿部光麿両先生から開催準備のスケジュールや各種文書のサンプルを戴いたお蔭で、今年度大会の順調な運営が一応できた。しかし、次年度の東大大会開催責任者頼住光子先生との引継会議の際に事務局の岡安儀之先生が教えてくれた東北大の二つの「裏技」で、これまでの開催責任者たちの智慧を集めてマニュアルを作成する必要性を痛感した。なぜならば、参加費受付の郵貯口座を早期解除しなかったために、大会前日までに参加費の振込があり、参加者名簿作りのためのアップデート作業にずっと追われていた。もう一つ、大会受付の際に、既納・未納に分けて二つのデスクの設置をしなかったために、初日のシンポジウム開始直前に参加者の殺到で受付を待たされる方が多くなった。申し訳なくお詫びしたいと思う。もし、事前にこの二つの裏技を知っていれば、上記の困った事態を避けることができたはずである。
B個人発表の位置づけと司会者斡旋について。
パネルセッション、特にシンポジウムが大会の眼目であることは言うまでもない。しかし、非常勤の先生と大学院生が大半を占める個人発表セッションについて、これからもっと重要視しなければと感じた。そのための司会だけでなく、コメンテータも学問の実力に富む評議員を中心に選出、依頼したほうがよい。これを「後進育成」に重責をもっている学会執行部の年に一度のサービスと考えるべきで、役員の存在感を示すよい機会でもあると思う。これは、1987年東方学会で冨永仲基の楽律考について発表した私は、東大の尾藤正英・金井圓両先生の司会・コメントで大きく励まされ、一生の記憶財産ともなっているという自分の経験に基づいた認識である。今年の司会者斡旋は、片岡龍事務局長の大変なお世話になり、また多くのベテラン先生方のご協力を得た。厚く御礼申し上げる。
そして、一つの工夫としてアメリカのアジア学会などのしきたり(プログラムでは院生であることさえも示さない)に従い、プログラム上は発表者の所属大学だけを示し、常勤・非常勤という区別表示をつけないことによって同業者の仲間意識を高め、しかも、ポスターにおいて個人発表の記載箇所をパネルセッションと同じ号数の文字で表示した。
「おもてなし、お手伝い」のつもりで運営した今年度大会は全体として好印象をもっていただけたかもしれないが、一部の不備もあった。以上で記したことを、これからの開催責任者のご参考になれれば、幸いに思う。
大会第1日、公開シンポジウム「思想史のなかの雑誌メディア」は、河野有理氏のコメントにもあった通り、現在の思想史研究で注目される対象をテーマに掲げ、これまで異なる視点・手法により雑誌研究を先導してきた中野目徹・佐藤卓己両氏を報告者に迎えた。
まず中野目氏は、近代日本における雑誌メディアの変遷を踏まえ、思想を問う上で不可欠となる「史料批判」「メディアの特質」「テクストの解釈」を的確におさえながら、「雑誌記者」三宅雪嶺を事例に、「時事の是非特質」を問う政治評論と「更に多く年月を要する」哲学大系の両面から彼の思想を捉える必要性を説かれた。次に佐藤氏は、『実業之世界』等の創刊者である野依秀一を従来の思想史研究では掬いきれない存在として取り上げ、あえて本学会を刺激する「野依ばり」の構成で、ジャーナリズム思想史ではない「メディア人間」史および「世論」=「集合的無思想」を形成した「負け組メディア」研究の意義を示された。両氏による啓発的な報告に触れ、フロアからも盛んに質問の手が挙がり、私自身が研究する大正期の雑誌であれば「盛会無比」と評されるほどの内容であった。
大会第2日、まずは第一部会のパネルセッション「近世日本における出版文化の諸相」に足を運んだ。「蔵書」「出版物」「書籍」という思想史研究の基礎となる文献史料への考察が報告者それぞれの観点から展開され、着実な議論が積み重ねられていた。次に第三部会(近代)の会場に赴いた。従来、看過されてきた人物の思想や思想の潮流に取り組む意欲的な発表が少なくなかった。だが一方で、研究発表全体を通して気にかかったのは、引用史料のテキスト批判や時代社会の中での位置づけなど、立論の前提となる基礎作業ならびに思想の本質を時代の中で捉えるという問題意識がどこまで共有されているのかということであった。改めて思想史学の原点を振り返る必要性を感じた二日間であった。
第10回日本思想史学会奨励賞は、例年通り、ニューズレターおよびホームページを通じて公募を行い、応募は単行本著作1点であった。それに学会誌『日本思想史学』第47号掲載論文で資格規定を満たした論文のなかから、同誌編集委員長の推薦になる論文2点を加え、合計3点を対象に選考を行った。
選考委員による査読結果にもとづいて第一段審査を行い、その結果にもとづいて、委員全員で慎重に審査を行った結果、全会一致で、上記著作への授賞が決定した。
本書は、明治期の在野の政論家として知られる陸羯南と、大正期に「平民宰相」として権力をふるった原敬と、通常は一緒に扱われないどころか、「官」(政権)と「民」(ジャーナリズム)との対立の両極に位置づけられてしまう二人を、同一の思想史的分析の俎上に載せながら考察を試みた意欲作である。二人は司法省法学校の二期生として学び、放校されて結社を結んだ、青年時代の共通の経験を出発点としていたのである。
とりわけオリジナルな功績は、原敬に関する思想史的分析にある。先行研究で注目されていなかった、報知社での記者時代に発表された文章を著者はていねいに拾い上げ、そこに学閥をこえた福澤諭吉への傾倒を見出す。議院内閣制と二大政党の交替とを特徴とする、福澤『民情一新』の政治構想と、のちの政友会領袖としての原の政界戦略との異同については、これまで政治史研究で指摘されてはいた。だが著者は、原自身の青年期の文章の読解を通じて、それが単なる類似ではなく、実質的な継承関係にあることを明らかにした。明治期と大正期を貫く、秩序構想の系譜を発掘した点で、重要な知見と言えるだろう。
またこれに加えて、政党間競争に重きを置く福澤・原の構想と対比することで、陸羯南の政党政治論の特徴をより明確にしたこと、および、原・陸の世代がその思想を形成していった環境として、旧藩への帰属意識からの脱却や、新聞への投書活動を分析したことも、研究史上、意義ぶかい達成と言える。同時代のほかの思想に関する研究にも有益な示唆を与える、奨励賞にふさわしい書物である。
このたび、拙著『原敬と陸羯南』が、節目となります第10回目の日本思想史学会奨励賞の栄誉を賜り、著者として大変うれしく、また光栄に存じております。ご審査くださいました委員の先生方をはじめ、前田勉会長以下、学会の運営にあたっていらっしゃる諸先生方に、まずは心より御礼申し上げます。
思い返せば、私が本学会に所属しましたのはもう16年も前のことになります。その後、人生で初めての学会発表の場も、初めての学術論文の公表の場も、皆こちらにおいてでございました。私にとりましては、まさに言葉通りの生みの親、育ての親であります日本思想史学会に、あらためまして心より感謝申し上げます。
しかし、ここ9年間の私は、その親をほったらかしにして、1年のほとんどを海外で過ごしております。その上、本来の専門ではない日本語・日本文化教育に従事しながらの出版でしたから「まだまだだ」という感覚が強烈にあります。そのため受賞のお知らせをいただいた時も、正直に申し上げて、これという実感がありませんでした。
ただ、その報告を出版元の編集者の方にいたしましたところ、私が予想していた以上に、とてもとても喜んでいただけて、それでようやく受賞の実感が沸き上がってきたものです。このたびの出版の2人3脚のパートナーでありました東北大学出版会の小林直之氏に、この場をお借りして感謝し、また今回の授賞を共に喜びたく思います。
1人海外に長くおりますと、しばしばどうしようもない孤独感に襲われることがあるのですが、このたびの出版を通じて、多くの先生先輩方から、激励のことば、メール、直筆のハガキや手紙をいただき、本当になぐさめられてきました。今の自分がこうしてありますのも、周囲の皆さまの支えがあってこそと感じております。
最後に、今回の授賞は「奨励賞」なのですから、先ほど申しました「自分はまだまだなのだ」という感覚を忘れず、今後もさらに精進して参りたく存じます。
(※付記)
応募用紙は、日本思想史学会ウェブサイト「奨励賞」ページよりデータをダウンロードの上、ご利用下さい。
『日本思想史学』第49号掲載論文の投稿を、下記の要領にて受け付けます。「投稿規程」に沿わない原稿は、査読の対象外とすることがありますので、規程を熟読のうえご投稿ください。多くの投稿をお待ちしています。
2017年度大会は2017年10月28日(土)・29日(日)に東京大学(東京都文京区)を会場として開催されます。
大会シンポジウムの内容、パネルディスカッション・個別発表の受付等については、ニューズレター夏季号(7月発行予定)でお知らせするとともに、会員の皆さまには郵便にて直接ご案内申し上げます。
2016年10月29日(土)に開催された2016年度総会において、下記の事項が承認または決定されましたので、お知らせいたします。
(予算) | ||
会費 | 3,261,500 | 3,377,700 |
刊行物売上金 | 81,576 | 80,000 |
前年度繰越金 | 3,991,833 | 3,991,833 |
その他 | 266 | 0 |
計 | 7,335,175 | 7,449,533 |
(予算) | ||
大会開催費 | 500,000 | 500,000 |
学会誌発行費 | 1,142,208 | 1,200,000 |
通信連絡費 | 324,338 | 400,000 |
事務費 | 205,899 | 200,000 |
事務局費 | 377,500 | 400,000 |
HP管理費 | 59,699 | 80,000 |
委員会経費 | 352,626 | 350,000 |
幹事手当 | 360,000 | 360,000 |
予備費 | ― | 3,959,533 |
次年度繰越金 | 4,012,905 | - |
計 | 7,335,175 | 7,449,533 |
会費収入 | 3,404,700 |
刊行物売上金 | 80,000 |
前年度繰越金 | 4,012,905 |
その他 | 0 |
計 | 7,497,605 |
大会開催費 | 500,000 |
学会誌発行費 | 1,200,000 |
通信連絡費 | 400,000 |
事務費 | 200,000 |
事務局費 | 400,000 |
HP管理費 | 80,000 |
電子レポジトリ化予算案 | 300,000 |
「思想史の対話」研究会開催費 | 100,000 |
委員会経費 | 350,000 |
幹事手当 | 360,000 |
予備費 | 3,607,605 |
計 | 7,497,605 |
当会ホームページの「会員研究業績紹介」欄に載せる会員諸氏の研究業績を、学会事務局までE-mail、或いは葉書でお知らせください。その際、著者名(ふりがな)、論文・著書名、掲載誌(号数)、発行所、刊行年月をご明記願います。
会費納入状況は依然として芳しいとは言えません。学会の安定した持続のためにも、会費納入をよろしくお願いします。
会費を納入する際には、同封した振込用紙をお使いください(大会事務局は別口座になります・ご注意ください)。なお紛失した場合は、下記の口座番号にてお振り込み下さい
(※注意:事務局移転に伴い、口座番号が変更となりました。旧口座はすでに閉鎖されており、2013年度以前に前事務局より発行されました振込用紙を用いての会費納入はできません。十分ご注意下さい。)
ゆうびん振込口座: 02270-8-1382613年をこえて会費を滞納された方は、会則第四条に基づき、総務委員会の議をへて退会扱いとさせていただくことがあります。過去2年分の会費を滞納された方には 学会誌『日本思想史学』の最新号第48号(2015年度分)および諸種の案内をお送りしておりません。会費納入の確認後に送らせていただきます。 請求年度以降の会費をまとめて納入していただいても結構です。
2015年度末(2016年9月30日)時点において、4年以上会費を滞納している会員が、125名おりました。4年以上滞納者の中で、今後も学会活動を継続ご希望の方は、可及的速やかに、会費3年分(15,000円)を上記の口座番号までお振り込み下さい。もし振り込まれない場合は、会則第四条に基づき、総務委員会の議をへた後、退会したものとみなすことになります。
※当会の会計年度は、10月1日〜9月30日となります。したがって、