News Letter No.17(冬季号) 2012年12月20日

会長再任にあたってのご挨拶(会長・佐藤弘夫)

このたび、もう一期会長を務めさせていただくことになりました。よろしくお願い申し上げます。

今日、人文科学の学問が隘路にさしかかっていることは、多くの識者の指摘するところです。それを一言で表現すれば、悪しき意味での「保守化」ということができるのではないかと思います。人文科学の究極の目的は、人間というこの不可解な存在の本質を解き明かすところにあります。今日存在する哲学・歴史学・文学といった学問分野は、いずれもこの課題に解答を提示することを最終的な目的としていたはずです。

しかし、現状はどうでしょうか。学問の本来の目標が忘れられ、個々の学問分野の維持そのものが目的化しているのが実状です。日本史学・日本文学・民俗学といった枠組みがあらかじめ設けられ、それぞれの分野内で蓄積されてきた技法と資料を用いて、自己完結的に研究が進められているのです。

各学問分野における研究の伝統が尊重されることは当然です。他方で、それが革新的な研究成果を生み出す上での桎梏となっていることは否定できません。既存の学問の強固な枠組みが、問題意識の希薄化と研究の個別分散化に拍車をかけているのです。私たちはいま、「人間とはいったいなにか」という問題を追究する人文科学の原点に立ち返る必要があります。昨年の3・11の震災と原発事故を経験した今日、それはますます喫緊の課題となっています。

日本思想史学は決して日本史学の特殊な一分野ではありません。むしろ既存の学問分野の脱構築と新たな脱領域的研究を先導する、野心的な学問のスタイルを目指すべきであると、私は考えています。現在、苅部直、黒住真、末木文美士、田尻祐一郎各氏とともに編集した『日本思想史講座』(全5巻、ぺりかん社)が刊行中です。そこでは多くの会員の皆さまのご協力をえて、「人文科学の基幹としての日本思想史学」を確立すべく、意欲に溢れた多くの論考を頂戴しております。また来年には、『岩波講座日本の思想』(全8巻)が刊行される予定です。アカデミズムの世界や読書人の間で日本思想に注目が集まるいま、私たちは力を合わせて、より発信力のある研究成果を生み出していきたいと考えています。

今年度の大会は、大会委員長の桂島宣弘先生と愛媛大学の黒木幹夫、山本與志隆両先生をはじめとする関係各位ご尽力によって、盛会のうちに幕を閉じることができました。機関誌『日本思想史学』44号も、委員長の黒住真先生ら編集委員の皆さまのご努力で、たいへん充実した内容となりました。本誌は近年投稿論文がきわめて多く、採用のもっとも難しい学会誌の一つに数えられるようになりました。機関誌の年2回刊行化に向けて、早急な検討が求められている状況です。

加えて、近年若手を中心に多数の研究者が、この学会に加入されております。大会ごとに、意欲的なパネルも目立つようになりました。この勢いを、日本思想史学のスケールアップと発進力の強化につなげていきたいと念願しています。そのためには、会の運営に対する全会員のいっそうのお力添えが不可欠です。

最近の研究職をめぐる環境の悪化は、目を覆うばかりのものがあります。非常勤職はもとより、常勤のポストもその研究条件は著しく低下しつつあります。しかし、現状を嘆いても問題は解決しません。こうした時代だからこそ、視線を高く保って、前進し続けていく必要があります。今日の学問の閉塞状況を打破すべく、新たな研究の波動を起していくことが求められているのです。

日本思想史学会に対する、会員の皆さまのさらなるご支援・ご助力をよろしくお願い申し上げます。

日本思想史学会2012年度大会を終えて(大会実行委員長・愛媛大学法文学部 黒木幹夫)

日本思想史学会2012年度大会は10月27日(土)と28日(日)の両日、四国の愛媛大学において開催され、さまざまな成果をもたらしながら無事に終了しました。大会実行委員長として、まずは大会に参加していただいた多くの会員諸氏に、この場を借りて厚くお礼を申し上げます。

昨年のことになりますが、一昨年度の開催校である岡山大学の高橋文博先生から、ぜひ2012年度の開催校を引き受けて欲しいという依頼がありました。私が今年度で退官を迎えることから、私がいなくなると四国で大会を開催するチャンスがなくなる、というお話でした。私自身がこれまで、諸般の事情から年度大会にはほとんど参加できていないこともあり、少し考えましたが、高橋先生には、今年度の集中講義(倫理思想史)を引き受けてくれるならという条件を提示しました。開催校になるならば、現地に来ていただき、開催校としての経験を踏まえて、準備状況等をチェックしていただく必要があったからです。高橋先生には快諾をいただき、開催の運びとなった次第です。

実際に大会を開催するにあたっては、愛媛大学法文学部としては、日本思想史学会の会員としては私一人であり、しかも学部長職にあることから、哲学・倫理思想史研究室の同僚であり、日本哲学にも造詣が深い、山本與志隆先生に学会の会員になってもらい、事務局全般を担当してもらいました。また、清水史先生を中心とする日本語学研究室が全面的な協力を申し出てくれ、会員でないにもかかわらず秋山英治先生が、学生への指揮を含め、ポスター、チラシ、プログラム作成等、準備の段階から大会実行委員長を補佐してくれました。会場設営・準備に始まり、受付係(会計)、接待係、会場内係、会場案内係としては、学部生および大学院生を動員することで対応しました。哲学・倫理思想史研究室から21名、日本語学研究室からは12名の総計33名が、大会開催の裏方に徹してくれました。学生たちにとっては、最適の社会勉強の場になったのではないかと思います。

前年度開催校であった学習院大学の中田喜万先生には、ゆうちょ銀行の口座開設をはじめとして、大会開催に際して、時宜に適って適切なアドバイスをいただきました。突然の問い合わせにもかかわらず、快く答えてくださった中田先生には改めて感謝をいたします。また、大会開催の事務手続き等にあたっては、佐藤弘夫会長をはじめとして日本思想史学会事務局に、公開シンポジウム(「巡礼・遍路の思想」)の開催にあたっては日本思想史学会大会委員会に大変お世話になりました。会員の皆様に支えられながら、四国で初めて大会を開催することができ、さらには成功裏に大会を終えることができましたことは、大会実行委員長にとってこれ以上の喜びはありません。

最後に大会参加者について報告しますと、土曜日に南加記念ホールで開催された公開シンポジウムは、114(会員102,非会員12)名の参加者がありました。日曜日の研究発表およびパネルセッションの参加者を合わせますと、愛媛大会における参加者総数は147(会員131、非会員16)名となります。なお、総会後に道後の大和屋本店で開催された懇親会には、74名の会員が参加してくださいました。山本先生の司会のもと、楽しくかつ和やかな一時となりました。懇親会終了後は、ホテル(大和屋本店)内にある道後温泉の引き湯で、一風呂浴びて帰られた方が多かったと聞いております。

1年ぶりの松山、4年ぶりの大会「参加」(NPO法人古川学人指定管理吉野作造記念館 大川 真)

昨年に東北大学を退職しアカデミズムから離れた私は、現在は吉野作造記念館の副館長として奉職しながら、まちづくりや復興関連の事業開催をボランティアで行い「忙殺」される日々を過ごしている。今回の大会もその3日前に東京にてある省庁の官僚と会談し、次の日からは京都の国際日本文化研究センターにて研究会参加という日程だったので当初は参加を見合わせていた。しかし新年度の評議員になぜか選出されてしまったので、育てて頂いた本会への奉公と思い急遽参加を決めた。

愛媛大学で大会が行われるということに私は特別な感慨を抱いていた。というのは、松山へは震災直後の2011年4月に遍路として実は来ていたからである。歩き遍路で疲れた肉体と親しい友人や親戚を亡くし呆けてしまった精神を持った私を、松山はとても優しく迎え容れてくれた。開催校愛媛大学の黒木幹夫先生、山本與志隆先生、そして学生のみなさんの親切で丁寧な対応は一年半前に来た松山の印象とリニアに結びついた。会員が気持ちよく大会に参加できるのはひとえに大会開催校のご尽力の賜である。心より御礼申し上げたい。

大会自体への参加は1年ぶりであるが、その前は学会事務局のブースに常駐しなくてはならかったので、会員として「参加」したのは4年ぶりであった。シンポジウム、パネル、個別発表ともすべて聞くことができ、大いに勉強になった。僭越ながら提言・感想を2点ほど申し上げれば、(1)まず学術研究の高い水準は維持しつつ、シンポジウムでは、他分野の研究者や一般市民が興味・理解を示すような分かりやすく拡がりをもったコンテンツを考えるべきではないか、(2)個別発表では従来の研究史に対してどのような意義を有するか、その配慮が欠けた発表が多かったように思える。

来年度は東北大学での開催を予定している。すでに大会二日目には新しく選出された大会委員の間で来年度開催に向けて早速意見が交わされた。大会委員の一人として微力ながら大会を成功させるべく努力していきたい。

第6回 日本思想史学会奨励賞授賞について ―選考経過と選考理由―(佐藤弘夫)

[第6回日本思想史学会奨励賞受賞作品]

[選考経過]

第6回日本思想史学会奨励賞は、例年通り、ニューズレターおよびホームページを通じて公募を行い、応募は単行本著作4点であった。それに学会誌『日本思想史学』第43号掲載論文で資格規定を満たした論文のなかから、同誌編集委員長の推薦になる論文3点を加え、合計7点を対象に選考を行った。

選考委員による査読結果にもとづいて第一段審査を行い、その結果にもとづいて、委員全員で慎重に審査を行った結果、全会一致で、上記著作の授賞が決定した。

[選考理由]

本書は、中世の寺社に伝来した「聖教」とよばれる文献群のうち、〈宗教儀礼〉(仏教と神祇の儀礼)に関わるものに光をあて、儀礼の諸相を通して顕現する中世的な宗教世界の実態を解明しようとしたものである。

寺社の聖教については、近年日本文学研究者を中心にその発掘と分析が進められており、本書もそうした状況に棹さしたものといえる。しかし、本書の重要な特色は、単に聖教にみられる思想・言説の分析に留まらず、儀礼の働きが新たな聖なる存在を立ち上げ、コスモロジーの変容を促していくそのダイナミズムを、寺社の構造や儀礼空間までを視野に入れて、総体的・立体的に明らかにすることを目指した点にある。

本書に収められた個々の論考の考証は重厚であり、研究史に対する目配りも行き届いている。本書において、所期の遠大な目標が完全に達成されたとはいいがたいが、脱領域的研究を指向する本書の先鋭な問題意識と研究のスケールは、中世宗教研究に新しい可能性を切り開くものであり、本学会奨励賞にふさわしい業績であると判断される。

新たなる思想史研究の方向性―第6回日本思想史学会奨励賞の挨拶に代えて―(舩田 淳一)

この度、第6回日本思想史学会奨励賞を受賞いたしました舩田淳一です。「ダメでもともと…」と思いつつ、奨励賞に応募したものですから、受賞内定の通知が自宅ポストに届いた時は「驚いた!」というのが正直なところでして、喜びが込み上げてきたのは、その3秒後くらいだったような気がします。応募の際に、推薦状を認めて下さいました池見澄髏謳カに深く感謝いたすと共に、選考に当たって下さいました先生方には、冗長な拙著『神仏と儀礼の中世』(2011年、法蔵館)にお付き合いいただきましたこと、あつく御礼申し上げます。

私は学部時代は、顕密体制論に立ち法然・親鸞の専修念仏の思想、取り分け両者が諸行往生や聖道門の立場をどのように批判したのか、その論理を分析することに取り組んでいました。言うなれば仏教思想史の王道を歩んでいたのであり、当時は頂点的思想家論が中世思想史研究の正統的な位置にあったと言って良いでしょう。一方、近接分野の中世文学、なかんずく説話文学研究の領域では諸寺に伝来する聖教の悉皆調査が目覚ましく進展し、顕密仏教世界が生み出した未知の資・史料群が発掘され、既成の「文学」という近代的な概念を揺さぶる沃野として大きく脚光を浴びていました。

その中でも、中世日本紀・中世神話・中世神道と呼ばれる、神仏習合の文献や、儀礼の次第書などが注目されており、法然・親鸞らが如何に顕密仏教を論理的に否定していったのか、ということをめぐって当時盛んになされていた細密な議論に、ある種の息苦しさを感じていた私にとって、それらは極めて新鮮なものに映りました。法然・親鸞らの高度に体系化された思想の在り様とは、まるで異質な中世神道の言説世界や、およそ思想史の素材足り得ないと考えられていきた儀礼、つまりは実践の問題を、どのように中世宗教思想史として叙述してゆくのか、それが私の大学院において追及すべき一貫した研究テーマとなったのです。

拙著はそうした問題意識に基づいてなされた研究が、まがりなりにも一つの形を得たものであり、私が密かに夢想する「儀礼思想史」(或いは「儀礼史」)へ向けた、序章とも言うべきものに過ぎません。しかし奨励賞の栄誉に浴したことで、この方向性が思想史研究として決して誤ったものではなかったという聊かの自信を持つに至りました。これは何よりも嬉しいことです。今年の日本思想史学会大会における公開シンポジウム「巡礼・遍路の思想」では、私もパネラーの一人に名を連ねさせていただきましたが、その趣旨文にて桂島宣弘先生は「思想家のテクスト分析のみならず、人々の実践や行動に対する思想史的分析も行われるようになりました。」と綴っておられます。この動向は、21世紀の新たなる思想史研究の中で、更にその意義を確固たるものにしてゆくであろうと予測されます。私もその一角を担い、受賞者として恥じるところの無きよう研究に邁進いたす所存です。

最後になりましたが、日本思想史学会の皆さま方には、今後ともご指導・ご鞭撻を賜りますよう宜しくお願い申し上げます。

第7回 日本思想史学会奨励賞募集要領 (2012年12月1日、日本思想史学会)

こちらをご覧ください。

日本思想史学会奨励賞選考規程(2010年10月17日、評議員会決定)

こちらをご覧ください。

編集委員会より

『日本思想史学』第45号掲載論文の投稿を、下記の要領にて受け付けます。多くの投稿をお待ちしています。

〈投稿規程〉

こちらをご覧ください。

大会委員会より

2013年度大会は2013年10月19日(土)・20日(日)に東北大学(宮城県)を会場として開催されます。

大会シンポジウムの内容、パネルディスカッション・個別発表の受付等については、ニューズレター夏季号(7月発行予定)でお知らせするとともに、会員の皆さまには郵便にて直接ご案内申し上げます。

総会報告(沖田 行司)

10月27日に開催された2012年度総会において、下記の事項が承認または決定されましたので、お知らせいたします。

【2011年度事業報告】

総務委員会(事務局長《会長代行》)
編集委員会(編集委員長)
大会委員会(大会委員長)

事務局(事務局長)

【2011年度会計報告】

【2012-13年度役員人事報告】

会長
佐藤弘夫
評議員
宇野田尚哉 大川真 大野出 沖田行司 長志珠絵 片岡龍 桂島宣弘 苅部直 黒住真 小島康敬 昆野伸幸 佐久間正 佐藤弘夫 白山芳太郎 曽根原理 末木文美士 高橋文博 高橋美由紀 田尻祐一郎 土田健次郎 中野目徹 中村春作 林淳 藤田正勝 前田勉 松田宏一郎 源了圓 若尾政希
各種委員会(○は委員長、※は事務局長)
総務委員
※沖田行司 白山芳太郎 高橋文博 田尻祐一郎 中村春作
編集委員
宇野田尚哉 長志珠絵 高橋美由紀 ○前田勉 松田宏一郎
大会委員
大川真 大野出 ○小島康敬 曽根原理 中野目徹
監事
長妻三佐雄 松本公一
幹事
瓜谷直樹 鈴木敦史 望月詩史 和田充弘

【2012年度事業計画案審議】(事務局長)

【2012年度予算案審議】(旧事務局)

【第6回日本思想史学会奨励賞授賞式】

【学会現況】

【2011年度決算】(2011年10月18日〜2012年10月18日)

《収入》
    (予算)
会費 2,851,700 3,015,000
刊行物売上金 125,560 80,000
前年度繰越金 3,762,004 3,477,283
その他 349 0
6,739,613 6,572,283
《支出》
    (予算)
大会開催費 500,000 400,000
学会誌発行費 1,414,350 1,200,000
通信連絡費 394,320 400,000
事務費 164,311 300,000
事務局費 315,450 400,000
HP管理費 71,974 150,000
委員会経費 292,354 350,000
予備費 - 3,372,283
次年度繰越金 3,586,854 -
6,739,613 6,572,283

【2012年度予算案】(2012年10月19日〜2013年10月10日)

《収入》
会費収入 2,934,000
刊行物売上金 80,000
前年度繰越金 3,586,854
その他 0
6,600,854
《支出》
大会開催費 500,000
学会誌発行費 1,300,000
通信連絡費 400,000
事務費 300,000
事務局費 400,000
HP管理費 150,000
委員会経費 350,000
名簿印刷製本費 350,000
予備費 2,850,854
6,600,854

会員研究業績の情報提供のお願い

当会ホームページの「会員研究業績紹介」欄に載せる会員諸氏の研究業績を、学会事務局までE-mail、或いは葉書でお知らせください。その際、著者名(ふりがな)、論文・著書名、掲載誌(号数)、発行所、刊行年月をご明記願います。

新入会員

(前回発行後以降。敬称略)

寄贈図書

(前号発行以降寄贈分)

会費納入のお願い

会費納入状況は依然として芳しいとは言えません。学会の安定した持続のためにも、会費納入をよろしくお願いします。会費を納入する際には、同封した振込用紙をお使いください(大会事務局は別口座になります・ご注意ください)。なお紛失した場合は、下記の口座番号にてお振り込み下さい。

3年をこえて会費を滞納された方は会則第四条に基づき、総務委員会の議をへて退会扱いとさせていただくことがあります。過去2年分の会費を滞納された方には 学会誌『日本思想史学』の最新号第44号(2011年度分)および諸種の案内をお送りしておりません。会費納入の確認後に送らせていただきます。

なお請求年度以降の会費をまとめて納入していただいても結構です。

過去のニューズレター

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