第16回日本思想史学会奨励賞授賞について


※第16回日本思想史学会奨励賞が決定しましたので、下記のとおり公表します。
2022年度大会の総会においてあらためて発表されます(奨励賞選考規程第7条)。

第16回日本思想史学会奨励賞授賞について―選考経過と選考理由―(奨励賞選考委員会)

[第16回日本思想史学会奨励賞受賞作品]

【論文部門】 【書籍部門】

[選考経過]

第16回日本思想史学会奨励賞は、例年どおり、ニューズレターおよびホームページを通じて公募した。それに学会誌『日本思想史学』第53号掲載の投稿論文で奨励賞の資格を満たしたものを加え(選考規程第5条)、それらを【論文部門】と【書籍部門】とに分けて選考を行った。

選考委員全員で慎重に審査を行った結果,全会一致で,上記の作品への授賞が決定した。

[「安部磯雄の廃娼論とキリスト教信仰―一八九九〜一九一五年の論説を通して―」選考理由]

本論文は、安部磯雄を対象としてとりあげ、近代日本の男性知識人における、廃娼論とキリスト教信仰との結びつきを明らかにした業績である。従来の研究においては両者の結合に関しては人間関係のつながりに注目して解明しようとする傾向があり、思想史的な影響関係にまで分析が及んでいなかった。これに関して筆者は、近年に盛んになっている、同時代の青年層の思想や修養論に関する研究を生かしながら、安部磯雄の廃娼論の意義と限界について、説得的な見解を提示している。奨励賞にふさわしい力作である。

[『親鸞とマルクス主義――闘争・イデオロギー・普遍性』選考理由]

近代日本における親鸞理解とマルクス主義との両者は、これまでも思想史研究の重要な主題であった。だが両者の間にあった関係について、日露戦争期から昭和の戦後にまで至る長い期間を分析の射程に入れ、手堅い実証を通じ通史的に明らかにした研究として、本書は豊かな意義をもっている。また、仏教史研究の方法論・認識論に関する問題提起と関連させながら分析を進めるところも、大きな特色と言える。たとえば「天皇制国家の宗教性」という形でイデオロギー状況の全体像を考える方法は、近代仏教研究の最良の成果を継承しつつ、それをさらに深めたものであり、日本思想史研究一般にも重要な衝撃を与えることと思われる。

[『鉱毒問題と明治知識人』選考理由]

従来、田中正造に関する研究には、主にマルクス主義的な視角から足尾鉱毒事件における英雄として思想家像を描こうとする傾向があった。本書はそうした先行研究をのりこえる脱神話化の試みとして高く評価できる。著者は、田中以外にも鉱毒問題を論じた知識人として、福澤諭吉、陸羯南、内村鑑三など六名の思想家について分析を試み、同時代的な思想環境との関係において、田中の思想をとらえ直している。また、田中その人の思想形成に関しても、「無学」という言葉の意味を問うことを通じて、伝統的な儒学思想との関係を綿密に明らかにすることに成功した。今後の田中正造研究において必ず参照されるべき、充実した業績である。


※ 受賞者の所感は,ニューズレター第37号(冬季号)に掲載される予定です。

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